コロナ禍で、英国のEU離脱問題(ブレグジット)のニュースがすっかり影を潜めた感がありますが、英・EUの交渉は、漁業権や政府補助金などの主要問題で一向に埒があかないまま続いているようです。 そんな中、9月上旬、ジョンソン英首相が突然、対EU交渉の合意期限を1015日までとする最後通牒を表明しました。続いて英政府は、昨年10月にEUと合意し今年1月末に発効した国際条約「離脱協定」の主要部分をほごにする「国内市場法案(ほご法案と呼ばれている)」を下院に提出し、9月下旬、下院はこれを可決すると言う出来事がありました。この法案は、昨年10月にEUと合意し今年1月末に発効した国際条約「離脱協定」の主要部分をほごにするもので、EUは国際条約違反と強く非難、法的措置も辞さない考えを示しています。なお、ジョンソン首相が交渉期限とした1015日は過ぎましたが、英国が交渉から合意のないまま離脱した様子はなく、交渉は今も続いているようです。

乏しい関連報道からではありますが、最近のブレグジットに関する状況を下記のとおりまとめてみました。なお、今回は日本文のみで、和英両文は後日投稿します。

                               令和21022日 松井茂基

 

 

英下院、EUとの離脱協定をほごにする法案を可決

 

1.ジョンソン首相、最後通牒―対EU交渉の合意期限を1015日までとすると表明

英下院、EUとの「離脱協定をほごにする法案」を可決

2.「ほご法案」の概要

3.ジョンソン政権の狙い

4.EUの反応

5.英国内の反応

6.英・EU交渉の現状

 

令和21022

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英国のEU離脱問題

英下院、EUとの離脱協定をほごにする法案を可決

 

 

1.ジョンソン首相、最後通牒―対EU交渉の合意期限を1015日までとすると表明

英下院、EUとの「離脱協定をほごにする法案」を可決

9月7日、ジョンソン首相は、対EU交渉の合意期限を1015日までとすると正式表明した。そして英政府は、9日、EU離脱後に通商問題をどのように扱いたいかを示す新たな「国内市場法案(“ほご法案”と呼ばれている)」を発表した。この法案は、昨年10月にEUと合意し今年1月末に発効した国際条約「離脱協定」の主要部分をほごにするもので、ジョンソン政権も同法案は国際法違反に当たる内容が含まれていることを正式に認めている。法案は同日下院に送られ、下院(定数650)は14日、第2読会でこの法案を賛成340、反対263の賛成多数で可決した。与党・保守党からは2人の重鎮議員を含む32人が反対または棄権に回ったが、英領北アイルランドの親英強硬派、民主統一党(DUP)の支持を得て可決された。更に、9月21日―22日の第34読会で「ほご法案」が審議され、英下院は22日、同法案に盛り込まれている離脱協定の一部を無効にする権限について、権限行使前に議会承認を義務付けると言う修正案を採決なしに承認した。当初反対したジャビド前財務相ら保守党の複数議員も一転して修正案を受け入れ、929日、同法案は賛成多数で可決された。今後、上院で2カ月間審議される見込み。上院議員の多くはこの法案に重大な懸念を表明しており、争点となっている権限に関する部分の削除を試みる可能性がある。

2.「ほご法案」の概要

この法案は、北アイルランドと英国本土との貿易に関する税関手続きを免除する規定や、「合意なき離脱」となった場合に北アイルランドに輸入される物品が関税対象かどうかを判断する権限が英国の政務担当者にあるとの規定を含んでいる。これらの手続き規定は、EUと英国との間で昨秋締結され今年1月末に発効した離脱協定の基本内容に違反するものである。 ただ、英国からすれば、EU側との将来関係に関する交渉が物別れに終わり、合意なき離脱となる場合に備えておくためには、背に腹は変えられないという部分はあるだろう。離脱協定で定められた北アイルランドに関する議定書()は、英・EU間の交渉がまとまらなかった場合にも、これまで通り北アイルランドとアイルランドの間で厳格な国境検査を避けるためのもので、これに向け北アイルランドをEU単一市場にとどめることなどを定めている。

*北アイルランドに関する議定書の詳細は、平成元年1112日のコメント30 補足5中の「参考3 イギリス政府とEUが合意した新離脱協定案」を参照されたい。

 

3.ジョンソン政権の狙い

 英・EUFTAを中心とする「将来関係に関する交渉」は、第8回会合が9月8〜10日に行われた。「ほご法案」は9日に議会提出され、それに先立つ7日、ジョンソン首相はEUとの合意期限を1カ月余り先の1015日に一方的に設定した。こうしたタイミングを見ると、一連の動きはEUに圧力や揺さぶりをかけて譲歩を引き出す「瀬戸際戦術」と言える。ジョンソン首相は、「EUが英国の経済・領土の一体性を破壊すると脅している。英国を惨事から守る必要がある」と強調し、1月末に発効した国際条約「離脱協定」の主要部分をほごにしようとする法案を議会提出したことを正当化した。ジョンソン氏は、1015を合意期限とするEUとの貿易交渉が決裂した場合、EUが離脱協定の「極端な解釈」を行い、「英本土から英領北アイルランドへの食品移送を停止させる可能性がある」と訴えた。さらに、協定内容を修正して実行に移すことに道を開く今回の法案が議会で否決されると「(EUとの交渉で)合意を得る公算は小さい」と警鐘を鳴らし、与党議員らに法案への賛成を呼び掛けた。

別の見方として、今回のジョンソン首相の合意期限の設定や「ほご法案」の提出には、新型コロナ禍に対するジョンソン政権の対応が国民から激しい非難を受けており目先を変えたいとする側面がある。昨年7月の就任後は12月の総選挙で与党・保守党を大勝に導き、今年1月に欧州連合(EU)離脱を果たすなど強いリーダー像のアピールに成功したかに見えたが、新型コロナウイルスを巡る対応でつまずいた。ジョンソン首相の支持率は下落の一途をたどっている。英世論調査会社ユーガブが実施した支持率調査では、厳しい外出規制が敷かれた4月中旬は、支持が66%、不支持が26%だったが、9月下旬には、支持が35%、不支持が57%と逆転。不支持率は就任後、最悪となった。最近の1日あたりの新規感染者数は1万人を超え、「政府は拡大を抑えられない」との認識が広がっている。

EUを離脱した英国が加盟国と同等の扱いを受ける「移行期間」は年末で終わるが、自由貿易協定(FTA)締結などに向けた交渉は難航している。決裂すれば、新型コロナで既に疲弊した経済への打撃は避けられず、首相への風当たりが、さらに強まる可能性がある。

ジョンソン首相のほご法案提出には、EU離脱を主導した時のリーダーシップの再現を図る思いがあるようだ。ただ、最新の英世論調査では、国民の間でほご法案に反対する意見が賛成を圧倒している。

4.EUの反応

(1)英国の国際法違反に対し法的措置を検討か

欧州委員会(EUの政策執行機関)は、英国の99日の「国内市場法案」提出に対して直ちに反応し、英国政府の行動が「国際法に違反し、EUと英国間の離脱交渉を脅かす」と強く非難する声明を発表した。101日には「国内市場法案」は本質的に離脱協定に含まれる「信頼の義務に違反する」として、欧州委員会が英国政府に正式な告知書を送ることを決定し、フォン・デア・ライエン委員長は英国に1ヵ月以内に回答を寄越すよう求めた。告知書送付はEUの司法裁判所での訴訟提起につながる法的プロセスでもあり、法的措置も辞さない強硬な姿勢でもある。しかし、ジョンソン首相は欧州委員会の批判に耳を貸さず、英政府として要求を拒否した。英政府の報道官は10月1日、「我々は今回の措置について、明確に理由を述べている。英国の国内市場の一体性を守るための法的な保証が必要だ」と述べ、法案を取り下げる考えがないことを示した。EU外交筋によると、1015日に始まるEU首脳会議で各国首脳は、バルニエ首席交渉官に対し、英国が合意の義務に違反した場合にEUが迅速に報復措置を取る権利を確保するよう要請する見通しだという。

 

(2)ジョンソン首相の最後通牒を無視−英国の譲歩見込む

EUは、ジョンソン首相が設定した交渉期限1015日と言う最後通牒は単なるブラフであり、同首相が言葉通りに交渉を打ち切ることはないと見込んでいる。EUの外交当局者によると、EUは英国との交渉を1112月まで続ける用意がある。英国と重要な一線を超える妥協をするくらいなら、ジョンソン首相が言う交渉を打ち切ると言うリスクの方を選ぶという。ジョンソン首相は既に、要求を幾分和らげている。EU首脳会議の初日である15日は合意締結の最終期限というよりは、合意が可能であることを確認する期限だとEU側に伝えた。ただ、英当局者らはかなりの交渉の進展が必要だと主張している。しかしEUは譲歩するつもりはなく、ジョンソン首相が自ら介入しない限り15日までに大きな進展があるとも考えていないと、外交筋が明かした。また別の当局者は、EUは人為的な締め切りに従って交渉するつもりはないと述べた。

 

5.英国内の反応

英国内でも、「国内市場法案」提出で蜂の巣をつついたような騒ぎになった。英国は「法の支配」に基づく国際秩序を唱えてきた代表的な国だ。そうした国が国際法を犯せば、軍事力によって現状を変更しようとする国を助長しかねない。メージャー元首相とブレア元首相は、913日に日曜紙サンデー・タイムズに連名で寄稿し、ジョンソン首相の提案は「英政府の名誉を傷つけ、国に恥をかかせる」ものと指摘したうえで、「法案は英国が批准した離脱協定に違反し、議会が可決した法を覆すもの」と批判した。両氏はこれまで、EU離脱に反対するEU残留派の立場だったが、今回の寄稿では、離脱容認の立場であることを明らかにしたうえで「この交渉は無責任で危険」であると警告した。 ブラウン元首相、キャメロン元首相、メイ前首相もそれぞれメディアに登場し、ジョンソン政権の姿勢に懸念を表明した。存命中の首相経験者5人全員がジョンソン内閣を批判する異例の混乱ぶりとなった。

英与党・保守党のハワード元党首(上院議員)は910日、「ロシアや中国、イランの行為が国際的に妥当な水準を下回っても、どうして英国が彼らをとがめることができようか」と述べ、問題の法案を提出したジョンソン政権は目先のことしか考えていないと非難した。

造反議員の1人であるロジャー・ゲール議員は同法案について、「英国がこれから各国との貿易交渉を開始する時に、誠実な交渉相手としての国際的評価を傷つけることになる」と批判。国際法順守の「原則」として同法案に反対し続けるとしている。保守党からはこのほか、ジャビド前財務相やコックス前法務長官が投票を棄権した。

 

 

6.英・EU交渉の現状

(1)102日、フォン・デア・ライエン委員長の記者会見 最も難しい分野が未決着のまま

3月から始まったFTAを中心とする「将来関係に関する交渉」は、第8回会合が9月8〜10日に、9回が928日〜101日に行われた。いずれも進展はなく、漁業権や政府補助金などの主要問題で「大きな隔たり」が残っているという。フォン・デア・ライエン委員長10月2日の記者会見で、FTA交渉に関し「最も難しい分野が未決着のままだ」と指摘。英・EU企業間の競争の公平性確保を主要課題に挙げ、「交渉を強化しなくてはいけない」と訴えた。

 

(2)103日、フォン・デア・ライエン委員長、ジョンソン首相とテレビ会議

 交渉継続で合意

フォン・デア・ライエン委員長は103日、ジョンソン首相とテレビ会議形式で会談した。英首相官邸は、両者がブレグジット後の「通商協定の重要性をめぐって一致、今後も定期的に話し合いを続けることで合意した」と発表した。

交渉団による協議は、107日から再開されたが、漁業権で互いに譲らないことと政府補助金をめぐって折り合いがつかず、目立った進展がないという。そんな中1011日には、まずメルケル独首相とマクロン仏大統領が電話会談し、その後、メルケル首相とジョンソン首相が事態を打開するためにこちらも電話会議で話し合った。3人の中では、マクロン大統領が最も強硬な姿勢をとっているようである。厳格な執行ルールを求めているほか、漁業権に関して譲歩しないと伝えられており、EU側が軟化するかどうかはマクロン大統領次第とも噂されている。 ジョンソン首相は、合意への歩み寄りが見られない場合、1015日を期限に通商交渉から手を引くと警告している。相変わらず強気の交渉姿勢を貫く構えである。一方のEU側は、ジョンソン政権が離脱協定を骨抜きにしようとするなど信用ならない相手への猜疑心を強くしており、譲歩や妥協してまで合意が成立するかは非常に不透明になっている。 双方の交渉担当者は「合意なき離脱」に伴う最も著しい混乱を避けるために、包括的なFTAではなく、暫定的な「ミニ合意」を目指して協議を継続する準備をしているようである。 これは、包括的で広範な合意が不可能な場合に、双方の交渉を担うチームが、離脱移行期間が終了する際に発生するであろう混乱を回避するために、航空・道路輸送や通関手続きなど特定の分野で部分合意することを目指すということのようだ。

 

(3)1014日、ジョンソン首相、EU首脳と協議

交渉継続はEUサミット次第 

フォン・デア・ライエン委員長は、1014日、ミシェルEU大統領と共にジョンソン英首相と、難航する英・EUの自由貿易協定(FTA)など将来関係を巡る交渉について電話で協議した。15日を交渉期限としていたジョンソン氏は、同日から始まるEU首脳会議の結果を楽しみにしていると述べ、同会議の結果次第で交渉を継続するかどうか判断する考えを示した。現状では期限までの合意は難しく、交渉継続の是非が焦点になっている。英政府によると、ジョンソン氏は電話協議でEUとの合意を望むとしつつも「ここ2週間、進展がなかったことを失望している」と訴えた。EU側で電話協議に参加したミシェル大統領はツイッターに「交渉のテーブルで進展がみられるよう再び圧力をかけた」と投稿し、英側に交渉継続と譲歩を求める姿勢をにじませた。

交渉では関税ゼロでの貿易などEU加盟時と大きく変わらない通商関係を維持できるかが焦点だ。英海域でのEU漁船の漁業権の扱いや、英国が政府補助金など産業政策でEUルールに合わせる「公正な競争条件」などを巡り対立が続いている。

 

(4)101516日、EU首脳会議

貿易交渉継続で一致 英国に譲歩呼び掛け

EUは1015日、ブリュッセルで首脳会議を開いた。2日間の日程で、初日は英国との自由貿易協定(FTA)締結交渉をめぐって対応を議論。十分な進展が見られないことへの「懸念」を声明で示した上で、合意を目指して今後数週間、交渉を続ける方針で一致し、英国に対しては譲歩を呼び掛けた。
 また、合意を追求する姿勢を示しつつ「どんな代償でも払うわけではない」と強調。企業間の公平な競争維持の枠組みや、英沖合でのEU加盟国の漁業権など、懸案で合意する条件は「適切でなければならない」と歩み寄りを促していた。
 一方、1015日に合意期限を設定していたジョンソン首相は、今回の会議結果を受け、交渉続行か打ち切りかを判断する。ジョンソン氏はEUから譲歩を引き出せない現状に「失望」を表明したものの、続行を選ぶとの見方が大勢だ。
 EUは、1月末に離脱した英国の「移行期間」が終わる年末にFTA発効を間に合わせるには月内の合意が必要だと主張してきたが、交渉が来月にずれ込む可能性も取り沙汰されている。

 

(5)英首相「合意なしの備えを」 対EU交渉中止には踏み切らず

ジョンソン首相は16日、EUとの将来的な関係を巡り、世界貿易機関(WTO)ルールに基づく貿易に備えるべきとの考えを示した。EUがこの日に閉幕したサミット(首脳会議)で、あくまで英国に妥協を求める姿勢を示したため。ただ、EUは今後も交渉を続ける姿勢を示しており、同首相も交渉を完全に打ち切る決断には踏み切らなかった。ジョンソン首相はかねて、今回のEUサミットまでに合意のめどが立たなければ、交渉を打ち切りWTOルールに基づく貿易に備えるとしていた。だが、EUはサミット後の声明で、バルニエ首席交渉官に向こう数週間にわたり交渉を続けるよう要請。英国に対しては「合意を可能とするのに必要な動き」を求めた。これを受け、ジョンソン首相はこの日のテレビ演説で、「来年1月1日に向け、(EUと自由貿易協定を結んでいない)オーストラリア型の準備を行うべきとの結論に達した」と話した。ただ、交渉を打ち切るとは明言せず、「(EUの)姿勢が根本的に変われば、もちろん聞く耳はあるが、サミットの結果からはそのようには見えない」と述べるにとどまった。英・EU間の交渉は、10月2日に最終ラウンドが終了したものの決着がつかず、7日に追加ラウンドが開始された。現在は、残された最大の争点である政府補助金と漁業権の問題を中心に、集中的な協議が行われている。ロイター通信によると、EUの交渉団はすでに、来週(1019日の週)のロンドンでの協議に向けた準備を整えており、引き続き協議が行われる見通しだ。

 

 

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