防衛大学校卒業式来賓祝辞
一期生の菰田氏からメールで、先般の防大卒業式来賓・山本卓真氏の祝辞
の全文を入手しました。私も感銘をうけましたが、森総理の祝辞とは比較
にならぬ感銘を参列者に与えたとのことで、菰田氏経由、山本氏のお許し
を得て全文をご紹介します。



防衛大学校卒業式来賓祝辞 ( 2001.03.18)

富士通名誉会長・山本卓真氏

 防衛大学校の教育と修練を経て今日を迎えられた卒業生諸君に心から
お祝い申し上げます。この間学生達を見守り支えてこられた父兄の方々
にはお祝いとお礼を申し上げ、教育及び研究に尽力された学校長を始め
教官、関係者各位に敬意と謝意を表明いたします。それは言う迄も無く、
今日の卒業生が我国の将来の安全保障・国防を担う掛替えのない人材
だからです。また今回卒業されるアジアからの9名の留学生と諸君は
将来の安全保障協力を念頭に、精神的な連携を維持して頂きたいと願っ
ています。
 我国の安全保障を考える時直ちに思い当たるのは狭い国土、高い人口
密度、社会機能と産業の高集積などであります。当然、外からの攻撃に
対し極めて脆弱な構造であり、この国では孫子の言う『戦わずして人の
兵を屈するは善の善なるものなり』を基本戦略とすべし、ということに
なります。一方『戦わずして人の兵を屈するは尭舜なり』と言う言葉も
あり、これは中国古代の伝説上の聖人、尭・舜の如き理想の君主にして
始めて為し得る難しい道であると言います。つまり道義が重要となり
ますが、それも同一の文化圏内の話であって、国際間では道義そのもの
が必ずしも普遍性を持たないのが現実です。
 パワーバランス論から言えば、優勢な軍事力こそが抑止効果を持つと
言う表現になりますし、戦後の総合安全保障論からいえば、軍事力だけ
でなく国際政治力、外交力、経済力、相互依存性などの総動員によるべ
し、となりますが、我国の現状は経済力を別として、軍事力を始め何れ
も充分であるとは認め難い状況です。
 かくて我国が採るべき道は同盟関係つまり日米安全保障条約となりま
すが、現在の片務的な構造がその侭続くとは思えません。更に今後は
世界特にアジアの安定への日本の貢献を求める国際世論が大きくなる
方向にあります。先ずは安全保障の基本的な国家意思を確立する為国会
での真摯な議論の上、憲法を見直されるを望みます。特に集団安全保障
と緊急事態への法体制の整備を急ぐ必要があると思います。
 665年前、建武の昔、楠木正成は後醍醐天皇のご前で、スケールの大き
い戦略即ち、足利尊氏との和睦による新秩序を献策しましたが採用され
ず、次には足利の軍勢を都に引き入れて糧道を断ち、弱らせた処で挟撃
によって勝利を導く提案をしました。この構想は坊門宰相清忠らの公卿
即ち文官の論理によって斥けられ、正成は湊川に赴いて戦死し、南朝は
吉野に遷幸を余儀無くされました。楠木正成は戦略、戦術面での智謀に
優れ、大胆かつ冷静な人だっただけでなく、今日で言う所の文民統制に
従って、結果を知りながら死地に向かい、後事を我が子正行に託し、
死に臨んで猶、七生報国を誓った、武人の鑑でありました。然し此処には、
大局観や戦略眼も無く軍事への理解もない文民統制は亡国の悲劇を齎す、
と言う重大な歴史的教訓が遺されています。今や政官民ともに安全保障を
真剣に再考し、理解を深め、体制整備を強力に推進しなければならないと
考えます。
 幸いにして自衛隊に対する国民の理解と支持は年々進んできました。
諸君の先輩達の内外に於ける真摯で規律正しい活動の成果が評価、信頼
された結果であるのは言う迄もありません。平成
1111月入間基地を
-33Aで飛び立った中川尋史2等空佐と門屋義廣3等空佐の二人は、
住宅密集地上空で推力低下事故に際して、機体墜落による被害を最小限
に止めるべく入間川河川敷の至近距離まで操縦を続けた為、緊急脱出の
条件が悪く遂に殉職されました。政府は二人の将校に2階級特進を以っ
て報いたに関わらず、記事の中で二人を賞賛したのは一部の新聞に
過ぎませんでした。しかし墜落現場に近い狭山ヶ丘高校の小川義男校長
先生は”学校通信”と言う冊子に「人間を矮小化してはならぬ」と言う
記事を載せて「二人の将校の崇高な精神」を称え教育の資としておられ
ます。また「あのジェット機は西武文理高等学校の上を飛んで河川敷に
飛び込んでいったと、同校の佐藤校長はパイロットの犠牲的精神に感動
しつつ語っておられました」とも書かれています。教育批判も盛んな中
にあって、現地の教育者達が事態を素直に感動を以って受け止め、生き
た教育をされていることに深い敬意と謝意を表明致します。
 さて諸君はこれから自衛隊の幹部としての道を目指すことになります。
先に述べた我国の抑止力の具体的な第一条件は精強な自衛隊の存在であ
り、その中核が幹部であります。「部隊の優劣は指揮官の如何にかかわ
ること多大です」とは、諸君も充分ご承知のことです。しかしこれは
有名なインパール作戦に於いて、進むも退くも言語を絶する困難の中で、
名将として知られ、戦後 兵を語ることの無かった宮崎繁三郎中将の、
戦友会での発言であった事を銘記して頂きたい。将軍の平素の教えの
一つは「不断の努力、要点の把握」であったと伝えらています。
 昭和
20年、満州で飛行学生として教育中に特攻隊に編成された私達は、
8月の敗戦直後部隊長島田安也中佐から、内地への帰還命令と同時に生涯
忘れ得ぬ訓示を受けました。それは「どんな事があっても生きぬけ、
生きて祖国の再建に力を尽くせ」というものでした。私達は汽車で送り
帰され、部隊長他はシベリヤに連れ去られました。誰もが明日をも知れ
ぬ極限状況にあって、荒廃した国の先行きを思い、部下の帰国後の心境
をも配慮し、最良の策を講じた部隊長を、私達は今日でも尊敬し続けて
います。
 さて抑止力の第二条件は自衛隊に最良の情報能力、最新、最強の装備、
充分な兵站を持たせることであり、良識ある国民の願いも此処にありま
す。現在世界は軍事革命RMAとIT革命の時代にあり、我国も新らしい
防衛構想を確立し、進んだ防衛態勢を整えるべき時を迎えました。この
時代の変化に即して、諸君が軍事革命と技術革新に関する研鑚を熱心に
続けられることを切望します。
 今日の自衛官は、平和維持、救難など世界に亘っての行動が期待され、
要請される様になりました。日本のみならず、世界の各地で人々に信頼
され、尊敬される幹部自衛官を目指して、諸君が教養を積み、全人格的
な修養を続け、各方面で活躍されますよう祈念して卒業式の祝辞といた
します。
 平成13318日                  山本卓眞



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