2021. 11. 30 東洋経済 日本人が恐れるべき「灰色のサイ」はどこにいるか
中国の「中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)」の信用不安が明 るみになって以降、世界的な規模の経済危機に陥るのではないかという懸念が 広がっている。 中国の不動産バブル崩壊のリスクは、もうずいぶん前から指摘されてきたこと だが、ここに来てようやくそのリスクが表面化したともいえる。 経済やマーケットの世界では、誰もが知っているこうしたリスクを「灰色のサ イ」と呼ぶ。 サイは普段はおとなしい大きな動物だが、いったん暴れ始めると手がつけられ ない化け物となる。 中国政府にとっては手がつけられない化け物となる前に、何らかの手を打つこ とが大切になるわけだ。 実は、中国の不動産バブル崩壊に限らず、現代世界には数多くの「灰色のサイ」 が存在していると言われる。 潜在的に存在する「灰色のサイ」に注目してみたい。
おとなしいと思っていたら大間違い(写真:mimi/PIXTA) (東洋経済オンライン)
■灰色のサイとは何か? 中国恒大集団が、莫大な債務超過を抱えて、その利払いに苦労している。 同社の負債総額は、3000 億ドル(約34 兆2000 億円)にも達すると言われるが、 長年続いてきた中国の不動産バブルの象徴的な存在でもあった。 その象徴的存在の企業の信用不安は、中国経済そのもののバブル崩壊とも言え る。 アメリカの経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルが、「中国恒大集団をゆっ くり『解体』 中国が探る着地点」(2021 年11 月11 日配信)と報道しているよ うに、中国政府はありとあらゆる方法を使って、かつて日本政府が冒してしま った「バブル崩壊」を避けるべき、慎重に事を進めようとしているようだ。 1990 年代、日本が不動産バブルを崩壊させてしまったことはよく知られている。 価格高騰を止めようとして「総量規制」と呼ばれる不動産融資を規制する通達 を出して、不動産価格を暴落させた。 その後、日本の不動産は30 年間にわたって最大90%も下落することとなった。 日本政府が犯した政策ミスを繰り返さないように、中国政府は恒大集団の資産 を国内企業へ売却するなど、債務超過を何とか管理することを目指しているわ けだ。 もっとも、この中国恒大集団の信用不安は、すでにずいぶん前から指摘されて きたことだ。 2017 年に、中国の中央銀行である中国人民銀行の周小川総裁(当時)が、自ら「ブ ラックスワンの出現だけではなく、灰色のサイのリスクも防がなければならな い」と述べ、その際に使われた「灰色のサイ」という言葉に注目が集まった。 当時、すでに不動産市場に莫大な資金が流入していたことを指すものと考えら れた。 経済、とりわけ金融マーケットではさまざまリスクが注目される。 たとえば、リーマン・ショック時に使われた「ブラックスワン(黒い白鳥)」は、 100 年に一度出現するかどうかの極めてまれなリスクを意味しており、高い確 率で深刻な問題を引き起こすもの、と認識されている。 1990 年代の日本のバブル崩壊も、ずいぶん前から不動産価格の急騰や株価の暴 騰に対して、警戒する声が報道されていた。 そして、警告どおり実際にバブルが崩壊したわけだが、いまから考えればあれ もひとつの「灰色のサイ」だったと言っていいだろう。 ■リーマン・ショックも「灰色のサイ」だった? リーマン・ショック時も、その発端となった投資銀行「ベアースターンズ」系列 のヘッジファンドが破綻したあたりから、その危うさが一部のメディアやアナ リストなどから警戒されていた。 そう考えると、リーマン・ショックなどのアメリカ不動産市場のバブル崩壊も、 ブラックスワンというよりも灰色のサイ、といったほうがいいのかもしれない。 ちなみに、ブラックスワンと呼べるものはそう多くないのかもしれない。 たとえばリーマン・ショックのような金融恐慌に近い危機は、かつては10 年に 一度程度の割合で、世界のどこかで発生していた。 東日本大震災とかハリケーン・カトリーナといった大災害なども含めて、ある 意味で「灰色のサイ」と言ってもいい。 もともと灰色のサイとは、アメリカの作家である「ミシェル・ワッカー」が、そ の著書「Gray Rhino」で示した言葉だ。 不動産バブルなどの金融マーケットが抱えるリスクを称して灰色のサイと警告 した。 実際に使われたのは、中国の金融当局が初めてと言われるが、中国恒大集団の リスクは1 社のデフォルト(債務不履行)に限定されずに、銀行の「理財商品」な ども含めてもっと広範囲に及ぶリスクといっていいだろう。 金融マーケットやコンサルティングの世界には、さまざまなリスクに対して、 独特の言葉で警告が発せられることがよくある。 ブラックスワンもそのひとつだが簡単に紹介してみよう。 ●ブラックスワン(Black Swan)……アメリカの5 大投資銀行のひとつであった 「リーマンブラザーズ」が経営破綻したときに、アメリカの中央銀行である FRB(米連邦準備制度理事会)のグリーンスパン議長(当時)が指摘した100 年に一 度の金融リスクという言葉から、ブラックスワンという言葉が使われるように なった。 もともとは、元ヘッジファンド運用者のナシーム・ニコラス・タレブが、2007 年に出版した「ブラックスワン」から来たものだが、金融マーケットでもそうし た事態が起こることをブラックスワンと呼ぶ。 もっとも、あのリーマン・ショックがブラックスワンであったかどうかは疑問 の余地が残る。 ずいぶん前から、デリバティブと証券化技術を使った錬金術が、いずれ金融マ ーケットに多大な影響をもたらす可能性があることは指摘されていた。 ほとんどの人が認識せずに、まさに青天の霹靂(へきれき)のような確率で起こる リスクのことをブラックスワンと呼ぶのであれば、リーマン・ショックはある 程度予想されたものと言えるかもしれない。 1929 年のグレートリセッション=大恐慌にしても、その前の株価の急騰からす れば、必然的な株価暴落だったとも言える。 ■認識はしているものの、軽視した結果… ●灰色のサイ(Gray Rhino)……普段から認識はしているものの軽視した結果、一 度暴走し始めると誰も手をつけられなくなる爆発的な破壊力を持つリスクを総 称する言葉だ。 不動産バブルの崩壊をはじめとして、国家や企業の債務の膨張による「デフォ ルト(債務不履行)」懸念などがよく指摘されるが、そのほかにも、すさまじいイ ンフレや政策変更なども灰色のサイに含まれるかもしれない。 1990 年の大蔵省(当時)が実施した、不動産バブルを抑えるための「総量規制」な ども、政策変更による灰色のサイといっていいかもしれない。 あるいは、1989 年のベルリンの壁崩壊といったイベントも灰色のサイのひとつ と言える。 中国恒大集団の信用不安も、中国共産党が昨年実施した政策変更を意味する「三 道紅線(3 つのレッドライン)」が原因だった可能性がある。 不動産開発業界への締め付けによるものだった可能性が高い。 政府の懸念が現在の信用不安を導いたわけだ。 ●部屋の中の象(The elephant in the room)……経済用語だけで使われるという わけではないが、英語の慣用句のひとつで「ディ・エレファント・イン・ザ・ル ーム(部屋の中の象)」という言葉がある。想像していただくとわかるが、部屋の 中に巨大な象がいたら大騒ぎになるのだが、誰もそのことに触れないで日常生 活が営まれる。 会議室の中に、巨大な象がいるのに、誰もがそのことに触れない。 全員が、事の重大さを認識しているにもかかわらず、あえて触れようとしない 問題を抱えた状況と考えればいい。 なかなか言葉に出して言いづらい問題と言うのは、実はわれわれの日常生活の 中に少なからず存在する。 たとえば、大型合併で企業の中に大きな派閥ができてしまっている場合、誰も その派閥の問題には触れようとしないことが多い。 そのために、ビジネス上の弊害が出たり、トラブルになってしまったりするこ とがあっても、誰もその派閥のせいだという指摘をしたがらない。 部屋の中の象とは、まさしくそんなイメージといっていい。 これが政治やマクロ経済の話となると、もっと深刻な問題になる。 日本の場合は、わかりやすくいえば富士山大爆発や、関東大震災級の大地震の 到来になるのかもしれない。 ただ日本の場合、歴史的に見てその確率が非常に高いために、部屋の中の象と いうよりは、灰色のサイやブラックスワンとして扱われている、と考えたほう がいい。 政治的に言えば、最近話題になっている国会議員の文書交通費の是非も、国会 議員の間では部屋の中の象だったと言える。 ■ぬるま湯相場の先に大暴落はある? ? ちなみに、こうしたさまざまなリスクとともに語られる言葉に「ゴルディロッ クス(ぬるま湯)相場」というのがある。 加熱しているわけでもなく、かといって閑散としているわけでもない適度な相 場のことを示し、適温相場とも言われる。 イギリスの有名な童話「3 匹のクマ」に出てくる、暑くもなく冷たくもないスー プから来ている相場用語だ。 主人公の少女の名前「ゴルディロックス」に由来していると言われている。 このゴルディロックス相場が長期間にわたって続いているということは、「リス クオン相場」が継続していることを意味しており、リーマン・ショックの直前に も盛んにこの言葉が使われた。 コロナ禍での現在のアメリカの株式市場も、このゴルディロックス相場と言わ れている。 しばしばゴルディロックス相場は、その後の大暴落などにつながることもあり、 警戒を要すると指摘する専門家も少なくない。 さて、ここで考えてみたいのは、日本が抱える灰色のサイとはいったい何かと いうことだ。 当然のことだが、アメリカや中国が抱える灰色のサイもあれば、部屋の中の象 もある。 メディアの役割と言うのは、こうしたリスクの情報を事前に投資家や国民に提 供することであって、その役割をきちんと担っていく必要がある。 リスクというのは自分にとって不都合なものであり、それを直視しづらいもの だ。 投資の世界や将来の設計を考えるときに、こうしたリスクをきちんと事前に捉 えているかどうかが大きな意味を持っている。 例えば、今世界が抱える灰色のサイを簡単に指摘しておきたい。 ■アメリカと日本で起こりうるリスクとは? ●アメリカ● @ 株式市場の暴落懸念……史上最高値を更新し続けていることから、過剰流動 性相場が続いており、調整局面に入ると一気に売られる可能性がある。株価暴 落は今やブラックスワンでも、部屋の中の象でもない。 A 過剰流動性の縮小懸念……新型コロナウイルス対策による経済の落ち込み を防ぐために中央銀行であるFRB が採用した量的緩和や資産買い入れ政策によ って、債券市場や不動産市場にも大量のマネーが流れ込んでいる。 リーマン・ショック時に起きたような過剰流動性となって、信用収縮を起こす 恐れが懸念されている。 B 地政学リスク……中国やロシアに対する敵対政策が以前ほど効力を発揮し なくなっており、地政学リスクの突発的な発生がアメリカ経済に大きな影響も たらす可能性がある。 サプライチェーンの凍結など、アメリカの消費中心の生活様式に深刻な影響が 出る。 ●日本● @ 少子高齢化……日本の経済規模であれば、すでに20 年程度前から移民政策 を転換して、大量の移民を受け入れる必要があったのだが、さまざまな勢力の 思惑を考える自民党政権が続いたために、思い切った政策転換ができないでい る。 アベノミクスを始めた安倍政権にそのチャンスはあった。 ただ、観光客については規制緩和したために大量に押し寄せたものの、移民政 策による優秀な人材の確保といった分野はそのままに放置された。 人手不足、税収不足、経済成長の鈍化などなど、少子高齢化の影響は限りなく大 きい。 A 財政破綻危機……地方の財政赤字も含めて1200 兆円を超える日本の公的機 関の財政赤字は、金融マーケットに将来どんな影響を与えるのかよくわかって いない。 最悪、金利が上昇して、国債発行ができなくなり「デフォルト(債務不履行)」を 起こす可能性が、すでに20 年以上前から指摘されている。 さまざまな反論があって、きちんとその危機を認識されていないのが最近の傾 向だ。いまや一部では“部屋の中の象”と化している。 C 地政学リスク……少子高齢化は自衛隊の人手不足にも大きな影を落として いる。 どんなに高額な武器を購入しても、その武器を使用する人間が育たないのであ れば、有事には何の役も立たない。 またデジタル化の遅れから、サイバー攻撃などに弱く、その点でも日本の地政 学リスクの脆さは灰色のサイと呼ぶにふさわしい懸念材料となっている。
●中国● @ 不動産バブル崩壊……これまで述べてきたように中国恒大集団の信用不安 が拡大して、不動産企業の連鎖倒産が相次いだ場合、中国経済そのものを危う くさせる。 同時に、これまで世界経済を牽引してきた原動力が失われ、日本経済やアメリ カ経済にも少なからぬ影響をもたらすことになる。 A 銀行債務問題……中国の不動産バブルが崩壊すれば、銀行もまた経営危機に 陥る。 理財商品の行方もクローズアップされており、銀行の債務問題も灰色のサイと 呼ぶにふさわしい。 B 覇権主義への懸念……習近平政権の最も大きなリスクは、その覇権主義にあ る。 地政学リスクをちらつかせながら、台湾海峡や太平洋沿岸、インド洋沿岸に進 出しつつある。 この覇権主義のプロセスが成功した暁には、中国は世界一強大な国家になるの かもしれないが、歴史的に見てそう簡単にはいかない。 習近平政権の崩壊も含めた覇権主義の失敗が中国経済最大のリスクと言える。 ■気候変動はいつしか「灰色のサイ」に 灰色のサイには、このほかにも大災害をはじめとして、大規模停電によるデジ タルデータの消失、新型コロナを上回るパンデミックの到来、気候変動による 森林火災や海面上昇による食糧不足や水不足などが存在している。 とりわけ、気候変動はかつて部屋の中の象だったのが、いつしか灰色のサイと なり、今では誰もが認識する大きなリスクとなった。 あらかじめリスクとわかっていれば、そしてそのリスクを管理するためのマネ ジメントがきちんとできていれば、気候変動への対応策もまた違った選択肢が あったのかもしれない。 岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト__
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